「うわー、やられたー」
ごとう先生の深刻みの伝わらない悲鳴が曇天の砂浜に響きます。
お昼の弁当の唐揚げを野生のとんびにさらわれたのです。
2017年8月27日、3泊4日の臨海移動教室の幕開けです。
3日で32P読み切りネームの完成を目指すこの合宿。筆者はストーリー漫画を描くのは数年ぶり、特に実績もなく壁サーだったりもしないアマチュア漫画描きです。しかも前日眠れず文字通り完徹。ほんとに3日でネーム完成なんてできるのか?(それ以前に生き延びられるのか?)
しかし、スケジュールの過酷さに反して全体の雰囲気はピースフルです。講師のごとう先生はやさしく前向き、よく言うセリフは「すごーい!」「いいねー!」「おもしろいじゃないかー!」ほとんどサーバルちゃんです。加えて、参加者が約40名いますが、アマチュアとプロの差こそあれど全員漫画描きです。漫研の部員でもなかなか揃わない人数ではないでしょうか。
そんなのどかな雰囲気のもと、講義は和やかに始まります。第1回の講義テーマは「キャラ立て」。最初の4Pでキャラクターを立てることを目指します。
「キャラが立ってないって編集さんとかによく言われるじゃないですか。でもそもそも『キャラを立てる』ってどういうことなんだって話ですよ!」
おそらくは漫画描きの90%くらいは思ったことがある疑問を口にするごとう先生。そうだそうだ。キャラはともかくなんだ「立てる」って。なんかキャラが薄いな…というのはわかるけどどうやったら立つのかはよくわからん。
「ここでわれわれはよくキャラの見た目をシルエットで判別できるようにしたり、特徴のある語尾をつけたりしますが、そういうことではありません」
な、なんだってー!!
漫画描きがよくぶち当たる「なんとなくわかってる気がするけど、どうしたらいいのかはよくわからん」な疑問に答えていくごとう先生。 筆者は徹夜ですが不思議と眠くありません。
「そもそも描きたいものがない」そんなどうしようもない悩みにも答えてくれます。
それは「萌えビンゴ」!

今回の合宿のテーマは「萌え」。自分の萌えを書き出すビンゴシートが配られます。それを埋めればおのずと自分の中の気づかれざる萌え、つまり描きたいものが浮かんでくるだろうという寸法です。
そのほかネームできる講座でも使われるワークシートなども配られます。これはこのシートの要素を埋めると32Pネームの骨組みができあがるという代物。なんとも心強いではありませんか。
「ではこれから30分でキャラ立ての4Pを書いてみてくださーい」
んん???
突然牙を剥くサーバルちゃん。どよめく聴衆。どよめきながらも手を動かす聴衆(みんな漫画描きなので)。
いきなり4Pとか無理では? 1P7分くらい? いや、できなくはないけどさあ…。
30分の作業時間が終わると作業したページを全員分、大きなテーブルに並べていきます。講評の時間です。参加者はふせんと小さな丸いシールを持って気に入ったコマに貼っていきます。テーブルの周りをぐるぐると順繰りに回っていく受講者の姿はスローな回転寿司のようでもあり、男性が移動していくタイプの婚活パーティのようでもある。
講義および作業時間はこのように講義→対応するページの作業→みんなで並べて講評という流れで進んでいきます。
このあたりで筆者は気づき始めます。ネームを完成させるのは何よりも、この「小さな〆切」「ポジティブな〆切」なのだと…!
「32Pネーム、3日で」という大きすぎる〆切を単元ごとに割って、小さな〆切にする。
そしてそれに「みんなからシールや感想がもらえる」というご褒美をつける。
それが〆切を「間に合わせなければいけないもの」から「間に合えば感想がもらえる、間に合わないと悔しい!」というポジティブなものにしているのです。これはやる気を出すしかないぜ!!
順調に作業を進めるも、いずれ行き詰まる時がやってきます。そうですよね。描き方を教わってスラスラ描けるようになるなら誰でもプロ漫画家になれます。
筆者にとっては2日目講義の「感情のぶつかり合い」がそうでした。感情のぶつかり合いでキャラクターに喧嘩してもらわないといけないのに、理屈同士の論戦になってしまって感情が盛り上がってこない。なんだこれは…。
「(ネームを一読する先生)なるほどねー。もっとBL度を上げたらいいんじゃないの?」
そういえば私、今回BL漫画を描いてたんでしたね。普段描かないからすっかり忘れてました。
「暖房が壊れて二人で添い寝するとかさ~」
先生、私よりもBLスキルが高くないですか?
相談時間は5分10分くらいですが、喋ってる間に方向性が見えてきた気がします。なんか完成する気がしてきた! このまま走り切ります!
最終講評、約40名ぶんの読切ネームがずらっと並びます。半死半生で最終日を迎えた筆者も無事、読切ネームを間に合わせることができました。講評ではプロとか壁サー大手の描いたネームと自分のネームが同じテーブルに並びます。平たく言って地獄です。
でもそういうレベルの高い作品をネームの形で見ていると、いかに演出が優れているかとか、こういう手法もアリなんだ!とか、色んな発見があります。プロレベルの完成原稿って作画とか仕上げレベルがそもそも高くて、作画が凄いのか演出がすごいのか、切り分けて捉えづらいところがあると思うのですが、ネーム段階のものを見ることで演出自体がすごいということがよくわかる。
初日の講評からこれはすごく刺激になっていて、普段はあまりやらない斜めのコマ割りとか、1Pまるまるの大ゴマとか見開きとかばしばし使いました。たーのしー!
臨海移動教室は過酷なサファリだけど、たのしいジャパリパークでもあったんだ…。
臨海移動教室で発見した「小さな〆切」「ポジティブな〆切」の効用。もちろん講義そのものも大変糧になっていて、合宿から帰ってからも「これ講義でいうところの◯◯だな」とか、自分でその作品の何がどう面白いのか分析しやすくなりました。
臨海移動教室、いろいろ過酷なこともありますが、長い間楽しめるいいお土産ができます。この記事を読んでくださった方も、ぜひネームできる講座や移動教室に来てみてくださいね!
東京ネームタンクではネーム合宿(宿泊なし)を定期開催しております。